永野むつみ講演会
「言葉よりも語るもの〜感動すること・育つこと〜」
2006年9月16日(土) 13:30〜15:30 |
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人形劇「かえるくん・かえるくん」(12月23日公演予定)を上演する人形劇団「ひぽぽたあむ」の代表永野むつみさんは、落合恵子さんのお店であるクレヨンハウスの地下にある劇場で、子どものための新作の人形劇を上演し続けるという仕事を経て、人形劇団「ひぽぽたあむ」を創立。
子どもの目の高さを大切に考えた舞台空間作りと同時に、演じる側の演じやすさも大切な条件であると話されました。 永野さんのお話から、印象に残った内容を紹介いたします。
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<絵本の世界をお芝居に>
絵本が大好きで、絵本の世界をお芝居にしています。また出使いの人形劇が多い中で、人形だけが舞台上にでることにこだわっています。子どもの目の高さを大切に考えた舞台空間作りと同時に、演じる側の演じやすさも大切な条件であると考えています。
芝居の空間は、大人が子どもを叱ったり、又追い詰めるような言語がない空間でありたいし、お芝居の世界に大人はぜひ子ども一人一人を誘ってほしいと思います。
<何故、芝居をみるの?>
何故芝居を観るかというと、結論から言うとコミュニケーションの力を育てるからです。
かつて私達が持っていた二つの確かなもの、それは「たっぷりした自然」と「たっぷりした時間」でした。これを今のこども達に返すことは無理でしょう。だからこそ今、芸術の力を借りることが必要なのです。それが時間と場所にとって変えられるとは思わないけど、それでも芸術の力を借りてぜひ子育てをしましょう、と言いたいのです。
<生の芝居とテレビの違い>
テレビは暮らしの中の小さな窓です。テレビの外では普通の暮らしがあります。例えば食事をしていたり、アイロンがけをしていたり、だからテレビというものは人がそれを見ていなくても分かる様に作られているし、そのために音楽も多用しています。悲しい時は悲しい音楽が流れるというようにです。又近頃のテレビはよくベラベラしゃべります。登場人物の関係をセリフで伝えることで説明しているのです。テレビでは登場人物が独り言を話す場面も多いし、電話を使って話す場面も多いのです。
一方、芝居はわざわざ来た人とわざわざやる人で構成される空間です。そして、芝居を観に来た観客は舞台をしっかり観ているだろうという前提で芝居は創られています。だから、観て分かることはセリフとして話すことをあえてしません。何も登場人物は言わないけれど、観客は自分の頭で想像し理解して分かっていくのです。また身体で感じ分かることもあるでしょう。その点で、人形劇も説明なしで入れる良さがあります。まるで、恋に落ちたとき何事にも能動的になる時のように真剣に舞台を観るのです。だから、芝居を観ていて分かるところはあえてセリフにして話さない、つまりセリフを取ってしまうというやり方をします。
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<感動することの大切さ> 感動とは、今まで持っていた言葉や言語では言い表せない感情の状態です。芸術家が、感動の中で新しいメロディや新しい色を生み出してきたように、感動が新しい何かを生み出していくのです。
ある時、「ハリネズミと雪の花」を観て帰りかけた幼児がわざわざやってきて、「今日はさびしい人形劇ありがとう」と感想を述べたことがありました。今日の人形劇は、「楽しい」でもない「おもしろい」でもないということから出た言葉だったんでしょう。感動したことをその子は「さびしい」と表現したのです。言葉は音声言語として聞こえてくるけれど、何故、今その子がその言葉を使うのか見極めることが大切なことなのです。
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<子どもの言葉とは>
子どもの言葉と大人の言葉の決定的な違いは、言葉の数でしょう。そして子どもの言葉は、時として詩的でもあります。また、子どもが何か言ってたとしても、それは「ねぇ母さん、こっちむいて」と言う気持ちの表現かもしれません。子どもが「あれ、なあに?」と発する時、それは、子どもが発見して、納得するチャンスです。大人が答えてしまうのではなく、「あれ、なあに?」に対して、「なんだろう?」「どうしたのかしら?」と返してあげることが大切ではないでしょうか。
子どもの言葉とは?言葉の奥にある実態です。そして言葉は体験に基づいて豊かになっていきます。
<子どもはどんな力で芝居を観るの?>
大人が芝居を観るときは、生活の体験が根っこになっています。子どもはどんな力で楽しむのでしょうか。5才や3才の子ども達は経験も知識も少ない、それでは愚かな見方しかしてないのでしょうか?感動してないのでしょうか?
本当は大人より深く観て、楽しんでいるかもしれません。
では、どんな力で観ているのか。芝居を観る力はまさに気配を感じる力によって支えられているのではないかと思います。そしてその力は親の顔色を見る力で育つのではないか。どの民族のお母さんも、お話する時はキーが上がると言われています。赤ちゃんは声が降ってくるのを待っているのです。快・不快のたびに「どうしたの?」と言う声が聞こえてきます。そして、おっぱいやオムツを替えてもらい安心する。このやり取りの中で生命の維持と同時に依存する気持ちが育てられていく。誰かが助けてくれるということを毎日毎日確認しているのです。首が据わるという事も、身体の機能の発育ということと同時に、いとしい声を求めるからではないかと思うほどです。
<子育てで大切なこと>
お母さんはしていいこと、して悪いことを伝えます。お母さんの顔色をみながら、子どもはどこまでしていいか、その「ころあい」も学びます。行動パターンの基準も学びます。このように子どもたちは親の言っていることを受け止め、蓄積していっているのです。
子育ての術は、美意識の根っこを育てることであり、子育てで問われていることは、子育て術ではなく、あなたにとって何が一番大切なことは何かを示すことではないでしょうか。
我が子の成長をどんな時感じますか?それは、今までできなかったことが出来るようになった時ではないでしょうか。例えば、子どもが目的意識をもって何かやってみる。やってみて、出来ない事を知る。そこで、やりたいという気持ちに支えられてまたやってみる。そして出来なかったことが出来るようになる。今持っている力を使って、新しい世界を切り開くことが成長なのです。そして、子ども自身の育ちは子ども自身の力によるものです。親は子育てに関与し、子どもを誘ってはいますが、子どもが自分の力で発達するのをじゃましないようにすることが大切なことです。
演劇は共感です。子育てこそ、演劇的であって欲しいと願っています。
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永野さんのお話は実にパワフルで、具体的な例を示されて、そして楽しく聞くことが出来ました。
私にとって一番心に響いたのは、「子どもの言葉を深く読み取ることの大切さ」ということでした。
レポート 中木戸 育子
(子ども文化コミュニティ) |
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